2018年5月22日火曜日

2 あんなに一生懸命だったじゃないか……(4)

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 どうしてなんだ、俊矢――
 その問いを、心から追い払うことにした。
『なぜ』とか『どうして』とかいう問いをくり返しても、解決策は見つからない。

 その代わりに、『どうすれば』と自分に問いかけることにした。

「どうすれば、俊矢はジムにもどってくるのか?」

 その問いをくり返しているうちに、
「どうすれば、俊矢を救えるのか?」
 という問いに変わった。

 そしてオレは気づいた、
「俊矢を救うには、俊矢の『罪悪感』を消すしかない」
 という事実に。


「どうすれば俊矢の『罪悪感』を消せるのか?」

 オレは自問をくり返した。
 だけど、良い答えは見つからなかった。

 いったい『罪』ってなんだ?

 俊矢が言ったように、犯した罪は消すことができないのか?
 だとしたら、人は過ちを犯してしまったら、ずっとその罪を背負っていかなければならないのか?
 ……ますますわからなくなるよ。

 仮に、答えが見つかったとしても、「俊矢にそれを言う資格がオレにあるのか?」という問題が残っていた。
 俊矢は、おれとは生きてる世界がちがう、と言った。
 ちがう世界に生きてるオレが何を言っても、俊矢とおなじ苦悩を知らない人間が上から目線で無責任なことを言ってるだけなんだ。
 オレにはそのつもりがなくても、俊矢はそう感じて傷つくにちがいないんだ。

 ダメだ……。
 やっぱりわからないよ……。
 どうしても、わからないよ……。



「いい加減、去っていったやつのことは忘れろ!」
 滝本さんが覇気(はき)のないオレに業(ごう)を煮やし、怒声をあげた。
「ボクシングは仲良しごっこじゃねぇ。1対1の真剣勝負なんだ。おまえは、おまえのボクシングに集中しろ!」

 滝本さんの言うことは、もっともだと思う。
 オレだって仲良しごっこをするつもりはない。

 だけど、俊矢は仲間なんだよ。
 本当の、仲間なんだよ。
 簡単には忘れられないよ。
 忘れちゃいけないんだよ……。



 帰り道、オレは携帯をとりだして、メールを打った。

俊矢
本当はボクシング、やりたいんだろ?
ボクシングが好きなんだろ?

 だけど、やっぱり送信できなかった。
 ちがう世界を生きてるオレに、できるわけがなかった。




 学年末テストの、最後の科目が終了した。
 学校じゅうがテストから解放された喜びで沸き返り、歓声があがった。
 だけど、オレの心はちっとも軽くなっていなかった。

 オレが帰り支度をしていると、前方にふたつの人影があらわれた。

 誠一くんと賢策くんだった。

「カツオ、たまには一緒に寄り道するぞ」

「テストは半日、ジムに行くまで時間あるんだよね? だったらその時間、僕たちに貸しなよ」

 ふたりとも、もう決定事項であるかのような口ぶりだった。


「いや、でも……」

 オレがとまどっていると、誠一くんは有無(うむ)を言わさぬ口調で言った。
「おまえがいま、悩んでいるのはわかってるんだ。そして、いつまでもひとりで悩んでいるのは『人に頼ってばかりじゃいけない』って自分を諫(いさ)めてるからだってことも、ちゃんとわかってるんだ」

「ま、それ自体はいい心がけだと思うけどね」
 賢策くんが言葉を引き継いで言う。
「とはいえ、ひとりで考えても答えがでなかった場合は、僕たちに頼るのが賢明だと思うな。ひとつの脳で考えるより、3つの脳で考えたほうがいいアイデアがでるに決まってるんだからね」

「誠一くん、賢策くん……」

 オレはふたりのやさしさが嬉しくて、涙がでそうになった。
 やっぱり、本当に苦しいときに助けてくれるのは、このふたりなんだ。

「さあ、行こうぜ――」
 誠一くんが頼もしい笑顔で、言った。
「ひさしぶりに『いつもの場所』へ」

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更新
2018年11月21日 画像を改訂。