2018年5月16日水曜日

2 あんなに一生懸命だったじゃないか……(2)

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 学校では、学年末テストがはじまっていた。
 でも、オレは集中できなかった。
 思うのは俊矢のことばかりだった。

 どうしてなんだ、俊矢?
 あんなに熱心に練習してたのに……。
 誰よりもボクシングに打ち込んでいたのに……。



 今日のテストが終わり、帰り支度(じたく)をしていると、誠一くんがオレのところにきた。

「カツオ、なんだか元気ないな。だいじょうぶか?」

 心配そうに声をかけてくれたけど、オレは、
「だいじょうぶ、なんでもないよ」
 と笑ってみせた。

 誠一くんは納得のいかない様子で、じっとオレの顔を見ている。

「誠一くん、暮咲さんが待ってるよ」

 オレがそう言葉をかけると、誠一くんは何か言いたげな顔をしながらも、暮咲さんと一緒に教室をあとにした。

 誠一くん、心配してくれてありがとう。
 でも、いまはあまえたくないんだ。俊矢のことは、オレの力で解決したいんだよ。
 俊矢は、オレの仲間だから……。



 今日も俊矢はジムにきていない。

「カツオ、どうした! もっと集中しろ!」
 滝本さんの怒声がとぶ。

 でもオレは、以前のようには集中できなかった。
 どうしてなんだ、俊矢……。
 頭のなかで、その言葉がたえず渦巻いていた。



 ジムの帰り道、オレは自転車をとめて携帯をとりだした。

俊矢
早くジムにもどってこい
いや、
もどってきてくれ……

 メールを打った。
 でも、やっぱり送信できなかった。

 オレには何も言えない。言う資格がない。

 俊矢は、おれとは生きてる世界がちがう、と言った。
 その言葉どおりだとしたら、ちがう世界に生きてるオレに何が言えるというのだろう。

 あの日、オレは何も知らずに、俊矢に向かって自分のボクシング観を語った。
「近代ボクシングは英国を発祥とする『紳士のスポーツ』なんだ」
「高潔(こうけつ)で、誇り高くて、勇敢で、人にやさしい――そんな『現代の戦士』がボクサーなんだ。また、ボクサーってのはそうあるべきだよね」

 そんな言葉のひとつひとつが、俊矢を傷つけていたんだ。
 軽はずみなオレの言葉が俊矢の罪悪感を増大させ、そして、俊矢をボクシングから離れさせてしまったんだ。

 そう、オレのせいなんだ。
 ぜんぶオレのせいなんだ。

 でも、わからないよ俊矢。
 あんなに一生懸命だったじゃないか。
 あんなにもボクシングに夢中になってたじゃないか。

 あの日、俊矢は言った。
「おれは、『ケンカの延長』として、『不良やチンピラがやる仕事』として、ボクシングを選んだんです」

 そうなのか、俊矢? 本当にそうなのか?
 ケンカの延長で、不良やチンピラのつもりで、あんなにも自分を追い込んでいたのか?

 それとも、俊矢……

 もしかしておまえは、罪のある自分を懲(こ)らしめるつもりで、みずからを追い込んでいたんじゃないのか?
 自分を苦しめることで、おまえなりの罪の償(つぐな)いをしてたんじゃないのか?
 ボクシングを一生懸命やることで、オレたちの世界にこようとしてたんじゃないのか?

 そうなんだろう、俊矢?
 本当は、そうなんだろう?

 いくら心のなかで問いかけても、答えは返ってこない。
 そして、俊矢ももどってはこないんだ。

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