2018年5月11日金曜日

1 ジムメイト(6)

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 俊矢がオレの家をでたのは、日が傾きかけたころだった。
 暦(こよみ)のうえでは春だと言うのに、外は凍(こご)えそうなくらいに肌寒い。

 オレは、駅まで俊矢を送っていくことにした。
 べつに送るほどの道のりじゃないんだけど、でもオレは、俊矢と少しでも長く一緒にいたかったんだ。

「俊矢、今日はきてくれてありがとう。俊矢とボクシング鑑賞ができて、すごく楽しかったよ」

「礼を言うべきなのは、おれのほうです。とても有意義な時間でした」

「デュランのボクシングは、参考になった?」

「はい。会長の指導をふり返ってみると、あのボクシングをおれにやらせようとしているところが、たしかに感じられます。とはいえ、おれにあんなすごいボクシングができるのかどうか、自信はありませんが……」

「できるよ。模範(もはん)となるイメージが明確にあるんだから、努力家の俊矢なら絶対にできるよ」

 そのとき、オレはとてもよく見知っている顔を見つけた。

「誠一くん!」
 ほとんど反射的に声をかけていた。

 誠一くんは歩みをとめて、オレのほうを向いた。
 それにともなって、誠一くんの右側にいる人も一緒に歩みをとめる。
 暮咲(くれさき)さんだった。

 暮咲さんは高校のクラスメートだ。そして、誠一くんの最愛の人だ。
 すごくおとなしい子で、いつもうつむいていて目立たない子なんだけど、そんな暮咲さんのことを誠一くんはいつも気にかけていた。
 そして、昨年のクリスマスにふたりは晴れて正式な恋人同士になったんだ。


 誠一くんと暮咲さんは、ずっと手をつないでいた。
 暮咲さんは、オレの顔を見、それから俊矢の顔を見て、はずかしそうに顔を伏せてしまった。
 ……あいかわらずだな、暮咲さんは。

 誠一くんは、暮咲さんの耳もとに顔を近づけて、
「だいじょうぶだよ」
 と、いたわるようにささやいた。

 暮咲さんが顔をあげて誠一くんを見る。
 誠一くんがやさしく微笑みかけると、暮咲さんの顔にもすぐに笑みが浮かんだ。
 いつ見ても微笑ましいよなぁ、このふたりは。

「ごめん、誠一くん。今日は暮咲さんとデートだったんだね……声をかけたりして、わるいことしたよ」

「いや、いいんだ」
 誠一くんは照れくさそうな笑みを浮かべ、そして、視線を俊矢に向けた。
「その人は?」

「オレのジムメイトだよ。山木俊矢って言うんだ」

 誠一くんは俊矢に向かって、
「はじめまして、中沢誠一(なかざわ せいいち)です」
 と、微笑みながら自己紹介をした。

 俊矢は小さく会釈(えしゃく)を返しただけだった。
 恐縮しているというより、驚いている、といった感じだった。

「カツオ、俺たちもう行くから……ごめんな」

「オレのほうこそ、邪魔してごめんよ」

 オレは誠一くんたちと別れ、俊矢とふたりで駅へ向かった。

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